概要
LinkedIn が自分にとって重要なソーシャルネットワークになった告白 LLM (大規模言語モデル)による投稿が急増している現状への懸念 LLM 生成コンテンツの特徴と問題点の指摘 LLM の有用性と限界についての考察 本来の自分の声で投稿することの重要性の強調
LinkedInが自分にとって大切な存在になった理由
- LinkedIn が思いがけず重要なソーシャルネットワークになった事実
- これは LinkedIn 自体の卓越した機能によるものではない
- むしろ他のSNS(例: Richard Nixon や Spiro Agnew になぞらえたSNS)が自滅した結果、 Gerald Ford のように「普通」で「誠実」な存在として残ったことが要因
- Gerald Ford 同様、少し不器用で退屈だが、決して「不正」ではない安心感
- 現在、 LinkedIn で過ごす時間が増えたことによる本音トークの必要性
LLM生成コンテンツの氾濫と問題点
- 多くのユーザーが LLM を使ってコンテンツを生成している現状
- これは LLM の誘惑だけでなく、 LinkedIn 自身が「AIで書き直そう」と積極的に提案してくることも一因
- LLM の文章は品質が低い
- 平凡さだけでなく、文体が不快で特徴的
- 絵文字や一文だけの段落、「not just... but also」構文、そして多用されるエムダッシュ(—)などが目立つ
- LLM 生成コンテンツはすぐに見抜かれる
- 少しでも LLM 生成文を見たことがある人には「癖」が明らか
- 例えるなら「知的な社会的失態」状態
- 多くの人が気づいているが、誰も指摘しない現実
LLMを使うことのリスクと本来の価値
- 問題は「恥ずかしさ」だけではない
- 本当に聞きたいあなた自身の視点が、 LLM によってあやふやになる危険性
- 投稿が LLM 由来だと、内容の信憑性自体に疑問が生じる
- あなた自身の声が消え、読者は離れていく
- 実際、投稿を読むのをやめる人が増加傾向
LLMの本当の使いどころと限界
- LLM は非常に便利なツール
- ブレインストーミング
- テキストの理解
- 編集作業
- 編集者としては優秀だが、 LLM は「あなた」ではない
- LLM の提案は無視しても人間関係に悪影響を与えない利点
- しかし、書き手としては不向き
- 本物のコンテンツを無味乾燥な文体で包み、読者にスキップされやすい
- さらに、あなたの「本物らしさ」への疑念を招くリスク
自分の声で書くことのすすめ
- すべての人のため、そして何より自分自身のメッセージの価値のため
- 自信 を持って自分の言葉で書くことの重要性
- LLM に頼らず、自分自身の声で発信することのすすめ
不思議なのは、みんなが自分で低品質な文章に気づかないだけじゃなくて、他の人の「LLMの文章」も見分けられるはずなのに、どうしてそれが同じように聞こえるかに気づかないのかってことだよね。もしかして、送信ボタンを押す前に自分が「書いた」ものを全然読まなくなっちゃったのかな?