30年間、毎日「Phish」を聴きながらプログラミングをしていました
概要
- Phishの音楽とプログラミングが人生の中心であった筆者の三十年の物語
- 音楽と仕事が完璧に融合した日々の幸福と一体感
- 管理職への転換でフロー状態が失われた現実
- 新しい仕事のリズムと音楽との乖離への戸惑い
- フローを取り戻す方法を模索する問いかけ
Phishとプログラミング、三十年の一体感
- FacebookのPhishグループで、Vanessa BayerとPaul Ruddがランチテーブルで音楽に没頭するTikTok動画のオーバーダブが話題
- 元の音楽はFleetwood Macだが、Phishの「Down With Disease」に差し替えられていた事例
- ファンが自発的にポップカルチャーをPhish中心に再構築するコミュニティ文化
- 筆者自身も三十年、Phishを聴きながらプログラムを書く日々
- 新しい仕事の面接で「Phishを流してくれれば本領発揮できる」と冗談を言うほど
- 実際は冗談ではなく、音楽と集中状態が完全に結びついた生活
- 1995年にPhishに出会い、15歳で最初のプロのプログラマーとして働き始める
- 普通のアルバイト面接では「オーバースペック」として落とされる経験
- 音楽とコードだけが人生の中心、他の選択肢はなかった
- 仕事と趣味の境界が消失、好きなことを仕事にできる幸運
- 他の同年代が様々なことを試す中、筆者は早くから自分の道を決めていた
- 休日や長期休暇も、やることは一貫してPhishを聴きながらプログラミング
- 分散システムやバックエンドサービスなど、複雑な開発もPhishの長いジャムと同調
- 長時間の集中を求める作業と、Phishの音楽体験の親和性
音楽と仕事の儀式、そして創造
- Berklee College of Musicで昼は音楽ソフトウェア開発、夜はNortheasternで授業
- 深夜の電車で「Junta」を流しながら帰宅、音楽と日常の一体化
- 大学院時代の博士論文もPhishと共に執筆
- Couch tourでライブ配信を見ながら、分散システムについて執筆
- 音楽と作業のリズムが重なり、創造性が高まる瞬間を体感
- ヨーロッパ在住時も、毎日Phishを聴きながらコードを書く習慣を継続
- 何度も聴いたライブは、ソロを暗記するほど聴き込む
- 三十年間、音楽とプログラミングのフロー状態が人生の中心
- 仕事と趣味が完全に重なり合う幸福
管理職への移行と失われたフロー
- 2024年以降、エンジニアリングマネージャーとしての新たな役割
- コードを書くのではなく、エージェントの管理や調整が主な業務
- タスクの切り替えや短いレスポンスが求められ、一貫した集中が困難
- 音楽は以前よりも生活に溢れているが、仕事との同期が失われた実感
- Phishのジャムのような「連続的な集中」と、現代の断続的な仕事リズムのギャップ
- 曲の途中で何度もコンテキストスイッチが発生し、音楽と仕事が並行しているだけで交わらない
- フロー状態が消え、創造性や充実感も減少
- 仕事は有益だが、かつてのような「内側にいる感覚」がなくなる
今後への問い
- Phishの音楽に没頭するVanessa Bayerのような自分は、今や周囲を見つめる側に
- フロー状態は「成果を出す場所」だけでなく、「充実感や創造性が宿る場所」だったと実感
- エージェント中心の世界で、フロー状態をどう取り戻すか
- 進化や効率化の中で失われたものを、どう再構築するかという課題