概要
- NVIDIA創業期 に関わった筆者の経験談
- ストックオプション契約 の認識違いによる問題発生
- 30年後に 契約書の内容 を再確認し大きな損失に気付く
- 訴訟を検討 するも時効により断念
- 教訓 として他者への注意喚起
NVIDIA創業期の思い出と技術的貢献
- 1993年、 Jensen (当時レザージャケット未着用)からNVIDIAの Technical Advisory Board へ招待
- 25,000株分のストックオプション を、1年かけて四半期ごとに付与される契約
- Sausalito の自宅ハウスボート「SS Vallejo」で Jensen, Curtis Priem, Chris Malachowsky と面会
- 1990年頃、 Curtis Priem がSun Microsystems在籍時にSPARCstation GXチップ開発で協力
- Sense8 Corporation の仮想現実レンダリングをSun GXへ移植
- Intel i750 DVIチップ を使ったバイリニアテクスチャマッピング実装経験
- 1993年、 バイクアドラティックテクスチャマッピング の高速実装がCurtisの注目を集める
- US5796426Aなどの 特許 で詳細記載
- NVIDIAの初製品 NV1 での差別化要素として非線形テクスチャマッピングの可能性
- Intel協賛のVRデモ (VR弦楽四重奏)をNVIDIA試作ハードウェア上で実装、Guggenheim SoHoで展示
ストックオプションとMicrosoftの決定
- NV1 出荷時(1995年)、Microsoftが DirectX で二次曲面テクスチャや四角形を非対応と決定
- これにより NVIDIAの財務状況が悪化、大規模な人員削減
- 1996年4月、筆者は トンガ王国 に移住しインターネット関連事業に従事
- NVIDIA CFOから 15,625株分のオプション権利行使通知 を受領し、権利を行使
30年後の再発見と法的闘争
- 2024年、NVIDIAが話題の中心となり 古い書類を再確認
- オプション契約書には 1年で全株が権利確定 と明記されていたが、実際は4年と誤認されていた
- 本来なら 25,000株全てが確定 していたが、実際は15,625株のみ
- 株式分割を経て 未取得分9,375株が4,500,000株相当に
- Steyer Lowenthal のAllan Steyer、 Korein Tillery のChris Burke両弁護士に相談
- 1年超にわたりNVIDIAおよびCooley法律事務所と書簡応酬
- 契約書の真正性は争われず、NVIDIA側は「時効」を主張
- 和解交渉も不調、「訴えるなら訴えろ」との回答
- 時効の壁 により訴訟断念
教訓と読者への問いかけ
- 契約内容の再確認 と権利行使の重要性
- 時効 のリスクと「権利放置」の危険性
- アメリカでは「契約履行期間」に限界がある現実
- 他にも 同様の経験 をした人への呼びかけ
- Emperor Septimius Severus の言葉「Omnia fui, nihil expedit(すべてを経験したが、何も役に立たなかった)」で締めくくり
なんで株主は、すでに持ってる株の権利を再主張しなきゃいけないの?